「…起きたか?」
トレイを持ったヒートは、ベッドに横たわるサーフに声をかけた。
「うん…熱は、下がった気がするけど…熱いし、寒いし…いまいち深く眠れなくて、ぼーっとする…」
天井をぼんやりと眺めながら、サーフはかすれ声で返す。
「うなされてたからな。体力も消耗してるだろ」
「うなされて…?…はは、僕何か…言ってたかな…」
引きつった顔で笑うサーフの顔面は…蒼白だ。
「とりあえず、コレ食べろ」
「いいよ、食べたくない」
トレイを下ろそうとすると、サーフが力なく首を振った。
「即答すんな!食え!…体力戻んねえぞ」
「食欲ないんだよ」
「食欲出すために食うんだ」
「うーん…ああ言えばこう言う…」
「お前が言うな!…俺がわざわざ作ってやったんだから、食えよ」
「ん…。ところで、何作ってくれたの…」
「ポリッジ」
ヒートはサイドテーブルにがちゃんとトレイを置き、大きなスプーンを掴む。
「うええ…君は…いつの時代のどのお国の人なわけ…?」
サーフは心底嫌そうな顔になった。
「健康にいいんだぜ?最近はニューヨークでだってどこのカフェでも――」
「マクロビオティック療法なんてとうの昔に廃れたよ!」
「あ、ちょっと元気出てきたな」
「出てないよ…大麦のお粥なんて御免こうむるよ…」
シーツを頭からかぶり、サーフは精一杯の抵抗を試みた。
「鍋で時間かけて煮たのにか?」
「そんなの関係ないよー。だいたいなんでいちいち鍋使うの?…マイクロウェーブは?…母さんじゃあるまいし」
「せっかく、取って置きのメープルシロップまで入れたのに…」
「君…ほんとにママだね」
「ん?」
「メープルシロップって、一番上の棚に入ってたやつだよね…」
「それが、何か?」
「ゲットー・フードが健康だって信じてるとこも母さんみたい」
わざわざ作った料理を侮辱されて、ヒートはすんでのところでサーフの横っ面を叩きそうになった。
が、どうもサーフの様子が変だ。
「…父さんだって、あんな労働階級の食べ物食えるかって…」
「サーフ、まだ熱ねえか?」
シーツの外に出ていた手を握ってみると、ボウルに入ったポリッジと張り合うくらいに熱い。
「もお、平熱だってば…。ちょっと気持ち悪かったから、ラクになるクスリ飲んだんだけど」
「!?…お前まだそーゆー違法なもん持ってたのか!」
「合法だよ、合法。安心して、ヒートと一緒の時しか飲んでないからあ…」
「ばかやろ…っ!テーブルの水、全部飲んで毒薄めとけよ!あと氷枕作ってくる!ポリッジ食ってろ!」
プラスティックバッグに氷を突っ込んで、タオルを巻いただけの即席氷枕を手に戻ってくると、ボトルの水は空だったがポリッジは手付かずだった。
「あーもう、食えよ!冷めたら不味いのに」
放置されているボウルを手に取り、スプーンに一口すくう。
「オートミールは冷めなくてもマズいよ。父さんの時間経ったザーメンみたい」
「っぶ!!」
どんな例えだ、と突っ込みたいのを我慢して、サーフの唇にスプーンを押し付ける。サーフは眉間に皺を寄せて、生暖かい流動食を飲み込んだ。
「…父さんは、風邪の時はチキンスープとトーストが好きだった。チャイニの店でよく出るようなヤツ」
サーフが過去の事を話すなんて。
こんなヤツにも幼少時代があって、両親がいたのかと思うと、強いショックを感じる…。
「俺はチャイニーズフードなんて作れねえよ」
「うちも、店から持って帰るだけだったよ。父さんはアジア系だったから、ほんとは家で作って欲しかったんじゃないかな」
「アジア系!?…お前の黒髪と黒目って、そうだったんだ」
もしかして、とは思っていたが、初めて聞いた事実だ。
「なに?悪い?」
サーフは不機嫌を通り越して、怒りの表情を見せた。
「いや、んなこと言ってねえよ…。その、ブラックヘアは頭良さそうに見えるし…神秘的だし」
「はは、ブロンドはバカそうだよね!僕の母さんも事実バカだったよ。父さんは頭がいいんじゃなくて、半導体が好きなただのオタクだ。金はあったけど」
「ちょっ…。それは俺をバカにしてんのか」
「でもバカでもいいから、僕は母さんに似ればいいと思ったよ、きれいだったから。…けど、どんなに大きくなっても、僕は母さんになれなかった」
こいつは一体何を何錠飲んだんだ…。胃洗浄でもしないとマズいか?
「黒いツリ目は気持ち悪いんだよ。どこ見てるか解らないしね。ブロンドからブラックヘアの子が出来たんじゃ、母さんから死ねだの殺すだの言われても仕方ないだろ?…ジャップの男で良いとこはペニスの硬さだけだ」
「げふっ!」
「…でも、父さんのは、気持ち悪かった。一回噛んだら、本気で泣いてたね」
くくく、とサーフは喉で笑った。
「僕は母さんのなら気持ち悪くならないと思ったんだ。母さんにペニスがなかったのは誤算だったんだけど。でも、服を脱がせた時点でこっぴどく叱られて、連れて行かれたのが人生初のカウンセリング」
サーフは目を細めて、二口目のポリッジを受け取る。
「そこの先生がすごいブスでさ。もう顔の悪い女はみんな死んでいいよって思ったよ」
「お前、熱出すと更に暴言魔だな…」
「先生が母さんだったら言う事聞いたんだ。母さんの髪は好きだったし、顔もすごく良かったんだ」
考えられない。
自分がサーフだったら、死ねなんて言う身内は払い下げだ。
心中で呟いた後、妹の顔が浮かんで、ヒートはその考えを取り消した。
「そのブスが大人になれって言ったから、僕は大人になったら母さんになろうと思った」
「おいおい、無茶言うな…」
「無茶じゃない!母さんを僕のものにすればいいんじゃないか!」
シーツを跳ね飛ばし、サーフは頭を起こして大きな声を上げた。
「わ、解ったから、寝てろよ」
「――けど、何もかもがダメだった。母さんを殺したのは母さんで、僕じゃなかった。母さんは僕を選ばなかった」
サーフは相変わらず天井を見詰めている。
「だいたい、先に殺すって言ったのは母さんなんだ。僕を殺していいのは母さんしかいないのに、母さんは逃げた。僕は自分が殺られたって良かったんだ。僕は母さんのお腹から出てきたんだから…」
こぶしで目をこすり、サーフは溜息をつく。
「僕が母さんを食べたら同じ事になるのに、でもまたあのブスが、今はだめだから大人になれって言うんだ。大人になったってもう母さんはいないだろ?じゃあ大人になってどうなるの!?」
「サーフ!水もっと持ってくるから、それ飲んで寝ろ。落ち着け」
「ねえヒート。君は僕と一緒になる?僕を君にしてくれる…?」
「はあ!?…いやその、そーゆーのは、風邪が治った後、に…な…?」
「わかってないな。もっとプリミティブな問題だよ。僕が死んだら、僕を食べてくれるかい?」
片方の口角を上げて、不敵な表情で、サーフは聞いてきた。
「バカ、んなことするか!」
「…そう。やっぱり君もそう言うんだ。僕は不幸な子供だ」
お手上げのポーズを取って、自嘲気味に笑う。
「俺は…お前がお前で良かったと思うけど…」
「誰が気の利いた事言えって?」
サーフはまたシーツを頭からかぶって、背中を向けてしまった。
End of transmission block