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すばらしい日々


Filed under: texts(normal) — gnax @ 17th June, 2007 13:02 Comments Off

被験者はもごもご唇を動かし、後頭部に刺さったチューブを引き抜こうとした。数ヶ月の実験でますます退化した細腕は胎液の中をただもがき、そして電撃に撃たれたように背中が痙攣して、彼はぎょろりと目を見開いて動かなくなった。

何かくすんだ体液が、被験者の穴という穴からじわじわと胎液に溶け込んで行く。

胎児から数ヶ月、タマゴの中で育った少年はタマゴの中で急速に成長し、そして急速に死んだ。
最速記録かもしれない。脳も発達してないからカウンセラーの出るまくがないよ!

ヒートが席を立ち、口を押さえてトイレへとかけて行く。

周り中がぽかんと口を開けて呆然とモニタを見ている。

僕はヒートのかわりに、液が汚れるから早く処分して濾過処理はサンプル取ってからで染色体チェックとダメ押しAFPもういっかいおねがいします、と早口で言った。自殺した前任者(もちろん僕のじゃなくてヒートの)がそう言ってた気がしたからだ。僕は素人だからてんで間違ってるかもしれないのに、皆ショックなのか何もつっこまなかった。こんなこと一度や二度じゃないだろうに。

異常タンパク質で汚れた胎液の濾過には案外時間がかかる、それだけは僕にも判る。いちいち衝撃受けてる場合じゃないだろう。次の実験台が来るのは、来月かもしれないし明日かもしれないんだから…。

ごぼっ。

被験者回収のためのアームが、死体の首を掴んだその時。

死体の口から大粒の泡が出ていく…。泡が広がる…。

「…気体!?」

僕は思わず声を発した。

溺れた人間が力尽きて、最期には異物であるはずの水を肺へ吸い込み、そのかわりに最後の肺の空気を口から排出して気を失う瞬間みたいだ。

「え、被験者は一度も肺呼吸したことないですよね?」

皆、僕の疑問に答えず黙っている。
やはり僕はしょせん素人なので見当外れなことを言っている、んなら気まずいなあ。

「あれは…あの子の魂かもな…」

振り向くと、胃の中のものを吐き出して蒼くなったヒートが、ハンカチで目元をぬぐいながらモニタを仰いでいた。

勘違いロマンチストの似非クリスチアノスめ。そんな宗教じみた仮説で彼が救われるわけでもないのに。ましてや、僕らなんて今さらぜんぜん救いようない。

*****************************

「EGGは何のために存在してるんだろう…」

職員慰安のための味気ない施設内バーで、ヒートは珍しく生でウォッカをあおりながら(僕の記憶では、ヒートは甘くない酒はまず飲まない)、つまみで出てきた皿のセロリに爪をたてていた。
わりとそっけない事後処理(なにせ実験体にはよく死なれるので手続きは簡素だ)を終えたあと、ヒートは仮眠室で一時間泣いてから僕を飲みに誘ったのだった。
事件事故後のスタッフのメンタルケアは一応僕の役目ってことになってる。ここでヒートを苛めても後々自分のためにならないから、僕は快くヤケ酒に相伴あずかったってわけ。

「EGGは…いや、俺は…誰のために…」

ヒートはセロリに視線を落としてブツブツ言ってる。
最初は泣きながら飲んでたのに、さらに飲んだら(ここまでヒートが飲んだのは初めてじゃないかなあ。普段はSEX出来る程度にしか飲ませないもの)根暗ウツになっちゃった。

正直ウザい。同じことを何度も言ってる。

「なあ、サーフ、俺達は…」
「みんなの病気を治すんだろう?そのために君はいる」

僕もまた、同じ問いかけに同じ言葉を返す。
ヒートのペースに合わせて飲んでるから、結構こっちもアルコールが回ってきてダルい。

「治るのか…?そんなの保証できんのか…?」
「もちろん、誰も保証できないから君は不安で苦しいんだよ。…苦しいのは誰も通ったことのない道だからだ、しかし誰かが道を作らなければ未来は拓けない」
「道…」
「そう。過去の偉人が既に特効薬を見つけた病気だけ治してりゃ、君はちっとも不安を感じないだろうよ。でもヒート・オブライエンは本当にそれでいいの?」
「それは…」

ヒートは黙って酒をあおった。ってウォッカ一気だって!?

「ちょ、いくらなんでもそれは飲みすぎ!」

ヒートの頭がぐらんと揺れる。
被験者のグロテスクな死に様がフラッシュバックして、一瞬悪寒がした。いや、僕も飲みすぎたかな…。

「えぅ…」

ヒートが自らの頭と口を両手で押さえる。

「吐くなよ」
「…わか、てる…」

*****************************

ほとんど動けないくせに僕より重くてでっかいヒートを引き摺って、僕は仮眠室までよろよろ歩いた。社員寮まで戻る体力は残ってない。アルコール入った身体で力仕事なんて出来るはずないよ…。

「はあっ…も…ヒート…おっ…も…いっ!!」

小さなベッドにヒートを転がす。僕の喉がぜーぜー言ってる。手首がぶるぶる震えてる。

頭を押さえたままのヒートは眉間にしわを寄せて、シーツの上に丸まった。

「うあ…部屋…左…右って…すげえ…」
「ん…何?」
「ひだり…みぎ…地震…?揺れてる…?」
「何言ってんの。揺れてないよ。ヒートの三半規管が酔っ払いなんだよ」

ああもう、僕こそ頭がくらくらする。そして僕を頼りにするしかない哀れな神の子羊ヒートに腹が立つ!

「なんか、ゆっくり…ゆれてる…海みたいだ…vessels(巨船)に乗ってるみたいな」
「何をあらたまってvesselsだって?vessels of wrath(神の怒りに触れた者たち)かい?」
「…なんで…このタイミングで…そういう方向に持ってくかよ…」
「主なる神は土のちり(earthen vessels)で人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった、ってね」
「くそ…ちゃかすのもいいかげんにしろよ…」
「悪いね、じゃあでっかい船なら縁起よくノアの方舟(Noah’s Ark)にでもしよっか」
「珍しいな…お前の聖書ネタなんざ…」
「ま、EGGなんていう動かぬ鋼鉄の塊はどの山にも行ってくれそうにないけど」

いらいらが言葉になって口から流れ出す。なんだか止まらない。

「ノアの方舟なんて動く必要ねえだろ…ただ、漂ってればいい…そうすりゃ、」
「金属塊が浮くわけないじゃない。ただ、下へ下へ沈むのみだよ。そうだなあ、さしずめ鋼鉄の棺(steel coffin)ってとこ」

なんて流暢な僕の言葉。アルコールが僕を詩的にさせているのか、我ながら驚きだ。

「サーフ…も…嫌だ…。んなこと、今言わなくても」
「もしかしたらこのEGGは既に沈みつつある棺かもしれないけどね。重い枷で身動き取れずに沈む死の棺だ」
「だからッ!俺が悪かったから、枷とか嫌なこと言うなよ…あの子を思いだしちまう…」

ヒートはばたっと起き上がって、叫んで、うなって、痛むであろうこめかみを自分のこぶしで叩いた。

「ああ、あのチューブボーイか。僕も言ってて思いだしたね。…でも、僕らが死んでるのか生きてるのかは棺を開けるまで神にしか判らないのさ、ミャーオ」
「そこで量子論たあ、支離滅裂だぜ…。このEGGが天変地異で直下に沈んだら、マグマに飲まれて跡形もなくなるんだから、みんな死ぬんじゃね?」
「えーちょっと、ヒートはヒートで妙なとこだけクソ真面目に返さないでよ」
「お前の話がぶっとんでて気味悪すぎんだよっ…!いてててて…頭いてえ…」
「そういや、魂の質量とかいうトンデモ実験があったねえ。みんな死んだら、その分EGGが軽くなってめでたく天まで浮かんじゃうかもよ」
「はあ?天まで行ったら怖い太陽が待ってるだろ。行ったところで魂の抜け殻しかない死体の箱でな。つーか、今さら魂が天国に行くなんて思ってんのか?」
「ありゃりゃ、ヒートはもう大人なんだ。あのかわいい君はどこ行ったの?」
「俺はとっくに大人ッ…ああああああ…部屋…ぐるぐる…まわってきた…カルーセル、だ…」

頭に血がのぼったのか、ヒートは再びベッドへと倒れ込む。かなり苦しそうだ。ヒートが天に召されちゃさすがに困るんだけど!

「ここはカルーセル?それいいね。そうしよう。回転する木馬なら棺よりずっと夢があるよ」
「けっ、てめーがどのツラさげて夢なんか語るか…」
「いいじゃない。夢みようよ。今度休みが取れたら行こうよ、ゆうえんち」
「今度っていつだよ…バカらしい」
「今度は今度だよ。昔の歌にもあったし。If we took a holiday, took some time to celebrate, Just one day out of life, It would be, it would be so nice…(もしも休日が貰えたらお祝いしたいよ、世から離れて一日過ごせたなら、きっとすごく素晴らしい…)」
「音痴!!!!!」
「そんなこといってると、カルーセルが遠くなっちゃうぞー」
「別にいい…。あんな、ぐるぐる廻って同じとこに戻るだけのプロセスに用はねえ」
「疲れてるねヒート。あの単純明快な輪廻が楽しめないなんて」
「そりゃもう…お察しの通りうんざりするほど疲れてる…」

ヒートはまくらに顔を埋めて、低く溜息をついた。

「ああ、酔っ払いがそんな寝方したら死ぬからだめ。横向いて寝て。気道は確保して」
「ちっ…」
「水飲むよね?血中アルコール濃度薄めないと」
「ああ、頼む」

狭いシンクに転がってたグラスに、蛇口から直接水を注ぐ。

…大粒の泡が…ごぼごぼ…ごぼごぼ…ガラスの器に…広がってく…。

…無数の泡と共に…水が溢れ…僕の指を濡らす…。

急に胃がむかむかしだした。

あ。

「…何だ今の音っ!…頭に響く…げ、何グラス割ってんだ。お前こそ酔っ払い」
「ヒート。やっぱり、水道水よりミネラルウォーターにしようよ、そうしよう」

僕はガラスの破片をシンクに放置して、冷蔵庫からペットボトルを取り出した。

 

 

 

 

 

 

End of transmission block.