つんと鼻の奥が生暖かくなって、あ。と僕は顔を覆った。
すぐに対処したはずが遅かったみたいで、せっかく買ったばかりの白いシャツに赤い水滴が跳ねる。
手の平から溢れた液体がアスファルトに黒くぽたぽたと滴り落ちる。
あーあーあー、何これ!なんで道端で鼻から血とか…。
しかも昨日までずっと黒ばっかり着てたのに、なんで今日に限って。
「だいじょぶですか?」
誰かがごわごわのペーパーナプキンを差し出してくれる。ありがとう、と営業スマイルして一枚受け取って、そういえば今週はなんども「大丈夫?」と聞かれた事に気付く。自分が言うならともかく、言われるのは好きじゃない言葉。
そう、つまり今週、僕はツイてない。
なんだか妙に長引く風邪を引いたのが週初めで、風邪だけど簡単に休まず頑張ってますよアピールして鼻かみつつ講義に出て。こっちはそれなりに必死なのにヒートからは休めって言われるし、無視して外出したらその夜の彼の機嫌の悪さったらないし、伝染るから俺の部屋来んなとか言われるし。じゃあ来ないよって言って自分の部屋に帰ったらさらにヘソ曲げられるし。
で、まあ風邪そのものは週末前に治ったわけだけど、鼻粘膜は痛んでたみたいで本日はこの通り。
今日も自分ちへ帰ったっていいんだけど、鼻血とは言え血まみれで長く歩くのやだなあ、と思ったので、僕は素直にヒートのアパートメントへ行く事にした。ヒートが帰ってたらややこしいなーって思いながら。
「おま、それ、どうした」
ああ、ドアあけた途端にこれ?
「いやちょっと、単なる鼻血。空気乾燥してるし風邪引いてたし」
「どこか打ったとかじゃないよな?」
「どこも傷めてないよ」
「いや、でも、」
「鼻血ごときでうろたえないでよ、センセイ」
「そういうのやめろ!まだ一年だし専門的な授業なんて…」
おたおたしてるヒートを横目にリビングのボックスティッシュを掴む。あ、もう止まりかけてるな。
「心配してくれてるの?」
「そりゃ目の前で血出してたら誰でも心配するだろ!この前だって俺が休めって言うのに…」
「はいはい、さすが人道的なセンセイ。小学生じゃあるまいし、僕にも休めない事情があるんだよ」
バスルームへ行き、血だらけのペーパーナプキンを捨てて、手もしっかり洗って、ティッシュを濡らして鼻を拭う。
血のついた新品のシャツは一応洗濯機に突っ込んで、ヒートが畳んだと思われるいつもの黒いTシャツを着る。
あーもうツイてないしかっこわるいし、ヒートはいまいち僕の事を判ってくれないし…。
「…水」
「ん?」
振り向いたら、氷の入った水を差し出された。
「こんな暑さだからのぼせたんだ、身体冷やした方がいい」
「…ありがと」
ヒートはグラスを僕に手渡すと、キッチンへと踵を返し、アイストレイにペットボトルの水をどぼどぼ注いで冷凍庫へ突っ込む。
こういうところはマメなんだよね…。
「何か喰うか」
「いやいいよ、ちょっとソファへ横にでもなろうかな。…そうだ、心配してくれてるなら、一週間お預けくらった僕のために、」
「却下!」
「まだ何も言ってないよ!」
「却下だ却下!お前はどうせ二言目には、」
「二言目にはセックス?」
「ぐ…」
眉間に皺よせて、耳を赤くして、ヒートは視線を床へと泳がす。
「そんな風に勝手に決めつけてる時点で、結構ヒートだって我慢の限界なんじゃないの?」
「バカ、そういう問題じゃねえ、その、運動したら瘡蓋も剥がれやすくなるし…血圧が変化してまた出血したら…」
「あーはいはい、わかったよヒート先生。これ以上言い争うと頭に血がのぼるからふつうに休むよ」
「それとお預けは一週間じゃない、5日間だ」
「ん。それどういう意味」
あ、しまった、というヒートの顔。
「はは、ヒート先生やさしいな〜、一晩休んだら明日は解禁かあ。良い週末だね」
「いいからさっさと寝ろ…」
俺の膝血だらけにしたらぶん殴るからな、とか何とか言いながら、ヒートはソファへ腰を下ろした。
End of transmission block.